退職後の従業員に給与を支給するという機会はあまり多くありません。
だからこそ、稀に発生したときに取り扱いに困ってしまう方も多いのではないでしょうか?
注意すべき論点は、大きく分けて以下の二つです。
- 退職後に支払う給与は、給与所得か?退職所得か?
- 給与所得であるならば、甲欄か?乙欄か?
これらを慎重に見極めないと、給与を受け取った従業員から思わぬ指摘をされたり、はたまた税務署から指摘をされるなんてことも…。
関連法規を理解し、正しく処理が出来るようにしていきましょう。
そもそも、給与所得か退職所得か
退職後に支払ったんだから、退職所得になるんじゃないの…?
退職した従業員に支払うので、このようにイメージされる方もいるのではないでしょうか。
たしかに、退職した従業員に退職金を支払うのであれば、それは退職所得として扱われます。
だからといって、退職した従業員に支払う金銭がすべて退職所得になるかというと、必ずしもそうではありません。
その支払う金銭がどういった性質のものであるかによって、取り扱い方法が変わってきます。
つまり、支払う時期よりも内容が問われるのです。
それでは、どういった性質のものが退職所得として取り扱われるのでしょうか。
国税庁によると、以下のように定義づけがされています。
退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与(これらを「退職手当等」といいます。)に係る所得をいいます。
国税庁HP:タックスアンサーNo.2725 退職所得となるもの
また、退職者に支払う給与のうち、退職所得に含めないとされるものについても触れられています。
退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、支払金額の計算基準等からみて、他の引き続き勤務している人に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職所得ではなく給与所得とされます。
国税庁HP:タックスアンサーNo.2725 退職所得となるもの
つまり、退職に起因する金銭の支給は退職所得扱いとなり、他の在職中の労働者と同じく労働の対価として支給される金銭は、退職後の支給であっても給与所得扱いとなるのです。
退職後に給与を支給する主なケース
退職後に、退職金以外の給与を支給することなんてあるの…?
通常、退職した従業員に給与を支給するケースはあまり多くはありません。
しかし、状況によってはどんな企業でもそのようなケースに遭遇することがあります。
具体的にどのようなケースがあるか、ご紹介していきます。
賞与の支給がある場合
賞与の支給をおこなう場合は、従業員が退職後に支給となるケースが起こり得ます。
なぜならば、賞与は通常6か月~1年程度の査定期間を設け、その期間の評価や業績に応じて事後的に支給されるケースがほとんどだからです。
ただし、賞与には「支給日在籍要件」が設けられている場合が多く、その場合は賞与支給日時点で既に退職している従業員には賞与を支給しないという取り扱いができます。
「支給日在籍要件」を設けるかどうかは会社側に委ねられていますが、設けられていない場合は退職後に支給するケースは比較的多くなります。
給与計算上の支払日が、翌月払いとなっている場合
給与計算上の締め日・支払日は会社によってさまざまですが、翌月払いと定めている場合は注意が必要です。
なぜならば、翌月払いは先ほどご紹介した賞与と同じように、労働した期間分の給与を事後的に支給することになるため、最終給与支給が退職日より後になりやすいのです。
このような締め日・支払日を定めている会社は、退職者の最終支給給与に常に注意が必要です。
未払いの残業代などが発覚した場合
残業代など、本来支払わなければならなかった給与が支払われておらず、後日まとめて精算されるようなケースが稀に発生します。
そのようなケースで、対象者が既に退職していたような場合は、退職後の給与支給になり得ます。
退職後の給与は原則として乙欄扱い
具体例で挙げたような、退職後に給与所得となるものを支給した場合は、原則として乙欄扱いとして源泉徴収額を計算する必要があります。
なぜならば、従業員の退職日をもって、扶養控除等申告書の効力が失われると解されているため、退職日後は扶養控除等申告書の提出が無い状態=乙欄扱いとなるのです。
これについては、国税庁のタックスアンサーにて明確に通達がされています。
給与所得者の扶養控除等申告書は、その給与所得者が提出の際に経由した給与等の支払者のもとを退職したときにその効力を失うものとされています。
したがって、退職者に退職後に支給期が到来する給与等を支払う場合には、原則として給与所得の源泉徴収税額表の乙欄により源泉徴収税額を求めます。
国税庁HP:No.2739 退職後に支給される給与等の源泉徴収
したがって、その給与の計算期間などは考慮せず、単純に支給日と退職日を比べて、退職日よりも後に給与を支給する場合は乙欄として取り扱えば良いということになります。
例外として甲欄扱いとしてよい場合もある
原則としては先ほどご紹介したように、乙欄扱いとして源泉徴収額を計算する必要がありますが、甲欄扱いとして源泉徴収額を計算してよいケースもあります。
それは、退職した従業員が、その年内に他の会社に扶養控除等申告書を提出していないことが明らかな場合です。
これについては、国税庁のタックスアンサーにて以下の通りに通達がされています。
ただし、退職後その年中に給与等の支給をする時において、その退職した者がほかの給与等の支払者を経由して給与所得者の扶養控除等申告書を提出していないことが明らかな場合には、退職後も給与所得者の扶養控除等申告書が引き続き効力を有するものとして、給与所得の源泉徴収税額表の甲欄により源泉徴収税額を求めても差し支えありません。
国税庁HP:No.2739 退職後に支給される給与等の源泉徴収
つまり、対象となる従業員が他の会社で甲欄扱いとして給与を受けていないことが明らかな場合は、甲欄のままで計算しても問題ないということになります。
とはいうものの、実務上は退職者から確認をとることが難しい場合もあるため、乙欄として取り扱うのが無難ではあるでしょう。
WEBで源泉徴収票を交付する場合は注意が必要
今回ご紹介したケースにおいては、同じ従業員に対して甲欄の給与と乙欄の給与がどちらも発生するということが起こり得ます。
そのような場合には、甲欄の給与、乙欄の給与をそれぞれを分けて管理する必要があり、もし仮に源泉徴収票を交付する必要が生じた際には、甲欄・乙欄それぞれの源泉徴収票を交付しなければなりません。
給与計算システムによっては、このような管理や源泉徴収票の交付に対応していない可能性があるため、注意が必要です。
クラウド給与計算システムを使用しWEB上で源泉徴収票を交付しているような場合は、必要に応じて紙の源泉徴収票を交付することも検討しましょう。
まとめ
退職後給与の源泉徴収額計算についてご紹介しました。
源泉徴収額の計算を誤ると、会社のみならずその給与を受けた従業員にも不利益を被る可能性があります。
会社によっては頻繁に本ケースが発生することもあるため、正しい処理ができるように理解を深めておきましょう。